入院 → 自宅療養 → 検査入院待ち (クルマの話)
2024.10.05

まずはお知らせ。

皆さんからまだか?いつ?と問合せを多くいただいておりました高崎テクノホームの新モデルハウスが前橋市江木町ローズタウン内に10/26(土)にオープンします♪

以前のモデルハウスは分譲地内の奥まったところにあったので初めてご案内する時はわかりづらかったですが、今回はスーパーつるや様前橋ローズタウン店の真ん前で通りに面しているので初めての方でもすぐに見つけていただけると思います!

 

今の時代インスタやYoutubeでハード(見た目のデザインや部材、設計上の性能や数値)はすぐに真似が出来てしまいますがソフト(家づくりの考え方や出来上がった空間の雰囲気)は真似が出来ません。

 

高崎テクノホームのお家づくりをぜひモデルハウスで”体感”してください。

皆様のご来場お待ちしております。

 

ご予約はコチラから↓※システム上10月26日以前の予約が出来てしまいますがご案内できませんのでご了承願いますm(__)m

https://www.hgdesign.jp/%E3%83%A2%E3%83%87%E3%83%AB%E3%83%8F%E3%82%A6%E3%82%B9%E8%A6%8B%E5%AD%A6%E4%BA%88%E7%B4%84/

では今週もブログスタート

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タイトルを見てお!?どうした!?とご心配されたかもしれませんが()の通り、私のクルマのお話です(*´Д`)

ちなみにこれまでの私のクルマ遍歴をご紹介しておくと。。。

原付バイクから始まります。

【 高校時代:HONDA モンキー Z50JⅢ 】

画像出典:https://news.yahoo.co.jp/articles/d1bb56b06f08e8f0c8df41227c85a0e06c5a4dfd

抜群にデザインがカッコ良かったですね。

そうそう色はこの色。

この写真見つけて涙出そうです。

※タイヤは標準キャラメルタイヤでした。

ホイールベースが短くて不安定だし、膝が曲がるので長距離乗ると降りた時に膝がガクガクだったけど乗ってて楽しかった♪

 

当時バイト代で武川やモリムラのパーツを買って、自宅車庫で改造し88ccにボアアップして乗っていました。

しかし途中クラッチが壊れて”押しがけ”しか出来ないレーサー仕様に(-_-;)

マフラーを改造してあまりにうるさいので親には「町内に入ったらエンジン切っとけ!」と言われる。

が、町が山に囲まれていたので走っているとどこにいるかすぐに山彦効果でバレるというお粗末な結果に。

さらにスキー部だったのでジャンプ用のヘルメットで乗っていたので近隣でも「うるさいだけで遅いモンキーに乗ったジャンプ野郎」として有名に。

 

その頃の高校生はホンダならMBXやヤマハはRZ、カワサキはARと100キロオーバーで走れる原付が流行っていたので仲間とツーリングに行くと途中で「目黒モンキー待ち」と呼ばれる休憩時間が設けられていました。

すでにこの頃から私の、人と同じのは嫌という天邪鬼(あまのじゃく)症が見て取れます。

 

これに冬は黄色と黒のトラロープをタイヤに巻いてスノータイヤとして乗り回し、朝カチカチに凍った雪の上をどれだけ遠くまで走って、気温が上がって雪が解ける前に帰ってこれるかという雪国高校生漢気選手権に出場していました。

モンキー号はハンドルを畳んで車載も出来るようになっていて、車体も軽かったので最終的にはモンキー号をかついで雪の中をラッセルでゴールという今では考えられないムダな体力を有していましたね、このタイプのレースのライバルはスズキのマントレ。

分かる人しかわからないでしょうが懐かしい(*´Д`)

 

今もあればメルカリでいい値段で取引されているようですが、私のモンキー号は実家の親がリフォームに来た職人さんに「欲しいって言われたからあげちゃった」って。。。残念!

 

【 初めて買ったクルマ:トヨタカローラ70(5速MT、エアコン付!) 】

画像出典:https://response.jp/article/2006/10/10/86814.html

 

私が乗っていたのはシルバー。

大学に入ってバイト代を貯めて中古で30万で買いました。

FRの丸目4灯、自称”BMW70”と呼んでました( *´艸`)

当時学生仲間ではなかなかいなかった”エアコン”付き♡

後部座席にたまにモンキーを積んだりして、キャリアをつけて毎冬スキーに出かけました。

苗場でバイトをしたときは遊びに出かける→ ドアが凍って開かない → お湯をかける → 一旦ドアは開くがその後お湯がドアの中で凍る → やがてドアがロックしなくなる → カーブでドアが自動で開く Σ( ̄ロ ̄lll)ガーン

その冬はもう氷が溶けるチャンスが無いので春まで片手でドアをつかみながらマニュアルを運転してました。

今思えば危険です。

 

当時雪道には解氷材と言う名の塩が撒かれ、市街地では赤さびた地下水が消雪パイプから流れていたので翌春にはボディ下部は赤茶色に変色し、フェンダー廻りは塗装が水膨れの様に膨れ上がり指で触るとボロっと取れたり穴が開いたり、マフラーの太鼓(触媒のところ)が走行中に落ちたりと雪国でのクルマの維持管理は大変(*´Д`)

今も雪国では納車時に「下回りコーティング」というのが標準装備なのでしょうか??

 

もはや記憶があいまいですがカローラ号は大学を卒業するまで乗っていたと思います。

最後は紫外線で内装がボロボロになったり、酔っ払いのラリアットでフェンダーミラーが取れちゃったりしてその勤めを終えたと記憶しています。

でも友人らのクルマと乗り比べてFRってやっぱいいなーと思ったのはこのクルマのおかげでした。

 

と、ここまで書いてあまりの懐かしさについつい筆(タイピング)が進みとても現在の話にはたどり着きそうもないのでタイトルはそのまま、肝心のお話は次週にしようと思います。

今週はマイカーが自宅療養中にバッテリーが上がらないか心配で、夜な夜な万が一走行中にエンストしても世の中の迷惑にならないようにこっそり走って検査入院を待っているというお話でした。

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